2020年以降、世界では新型コロナウイルスが猛威をふるっており、2022年3月現在に至るまで「収束」からは遠い状況が続いています。
しかしコロナウイルスほど広範囲に感染は拡がっていないものの、感染症自体は昔から世界各地に存在しています。
日本では2014年夏、約70年ぶりに国内での感染例が確認されたデング熱もそのひとつです。
デング熱は主に熱帯・亜熱帯地域を中心に発生する蚊を媒介とした感染症で、日本で国内感染が拡がる心配はほぼないと考えられていました。
そのため2014年に国内で確認された時は、多くの人が不安を感じたのではないでしょうか。
その後、日本でデング熱の目立った感染拡大はありませんでしたが、2020年6月には海外渡航歴のない3名のデング熱感染が確認されています。
世界各地に感染症が拡大している理由としては、21世紀以降急速に進んだグローバル化が一因として挙げられていますが、一方で気候変動の影響も大きいと指摘されています。
そこで今回は、気候変動が感染症にもたらす影響について考えいきたいと思います。
感染症が起こるのはどんな時?
感染症とは、ウイルス、細菌、寄生虫、カビなどの病原体が人や動物の体内に侵入することによって発病する病気のことです。
ウイルスは次の6つのうち、いずれかのパターンで体内に侵入します。
・飛沫感染…咳やくしゃみによる飛沫から
・空気感染…空気中に浮遊するウイルスから
・経口感染…菌に汚染された飲食物などの摂取から
・接触感染…ウイルスの付着した物体への接触から
・血液感染…注射器の回し打ちなどから
・節足動物媒介感染…蚊やダニに刺された部分から
インフルエンザや新型コロナウイルスは、上記のうち「飛沫感染」や「空気感染」によって感染すると言われています。
またデング熱は、「節足動物媒介感染」によって感染します。
飛沫感染や空気感染の場合、咳やくしゃみが飛ばないようマスクをしたり衛生環境を清潔に保ったりなど、最低限の対策であれば取ることができます。
一方、経口感染や節足動物媒介感染のリスクは、気候変動によって今後上昇する可能性が指摘されています。
その理由については、次の章から解説しています。
気候変動と感染症の関係
気候変動は環境や経済だけでなく、人間の健康にもさまざまな影響を及ぼすことが分かっています。
気候変動が人体の健康に及ぼす影響には、大きく分けて「直接影響」と「間接影響」の2つがあります。
まず「直接影響」とは、文字通り温暖化が人体に直接ダメージを与えることです。
気候変動による気温上昇は熱中症を増加させるだけでなく、循環器系や呼吸器系疾患を悪化させ、死亡率を高める要因にもなります。
そして「間接影響」とは、気候変動によって感染症やアレルギー疾患などが増加することです。
平均気温が上昇したり、特定時期の降水量が増えたりすると、ウイルスを持つ蚊などの生物(媒介生物)が増殖し、分布域が拡大するおそれがあります。
また冬季の最低気温が上昇することで、冬の前には既に死滅しているはずだった媒介生物が越冬してしまうおそれもあります。
仮にそうなった場合、節足動物媒介感染によるウイルスの流行地域、そして感染者は今よりも格段に増える可能性があります。
気候変動の影響を懸念されている感染症
冒頭で触れた「デング熱」は、感染症の中でもとりわけ幅広い地域で感染例が確認されている感染症です。
特に東南アジア、南アジア、中南米で感染例の報告が多く、他にもアフリカ、オーストラリア、そして日本に近い台湾でも感染例が報告されています。
日本では、第二次世界大戦中の1943年に関西や中国地方で流行し、近年では冒頭で述べたように2014年、2020年に国内での感染が確認されています。
デング熱の主な媒介蚊として知られる「ネッタイシマカ」は、基本的に日本には生息していません。
ただし、日本国内の幅広い地域に生息している「ヒトスジシマカ」もデングウイルスを媒介するため、
国内感染の多くはヒトスジシマカによるものだと考えられています。
現時点でヒトスジシマカは青森以北には分布していないものの、このまま気候変動が進み平均気温が上昇すると、青森以北に北上してくる可能性も十分あります。
もちろん、仮にヒトスジシマカの生息域が拡大したからといって、すぐにデング熱が流行するということはありません。
しかし分布域が拡大した分だけ、デング熱流行リスクは高まると言えるでしょう。
なお、蚊を媒介生物として感染が拡大するマラリアも、同様の懸念点が指摘されています。
また、日本で過去に多くの感染者が発生した「日本脳炎」も、可能性は低いものの、気候変動の影響による感染リスクの拡大が懸念されています。
日本脳炎は、日本脳炎ウイルスに感染しているブタなどの血を吸った「コガタアカイエカ」などの媒介蚊に刺されることによって感染します。
感染後に発病した場合、深刻な脳炎を引き起こすおそれがあります。
「”日本”脳炎」と呼ばれてはいるものの、日本だけでなくアジア全体に分布しており、そのうち日本、韓国、台湾ではワクチン接種によって流行リスクは抑えられています。
これらのワクチン接種が浸透している地域では、たとえ感染しても発病するのは100~1,000人に1人で、ほとんどの場合は無症状のまま終わるとされています。
とはいえ、国内における日本脳炎の感染リスクは完全に消えたわけではありません。
日本脳炎患者が増えるのは主に夏~秋頃ですが、環境省によると、コガタアカイエカの活動は平均気温の高い夏ほど活発になることが分かっています。
仮に気温上昇によってコガタアカイエカの活動が活発になった場合、再び日本で流行する可能性は、わずかではあるもののゼロとは言い切れません。
感染症増加を防ぐためには
日本では海外から入り込むおそれのある感染症に対し、予防、治療を含め、発生時の迅速な水際対策の重要性が講じられています。
具体例としては、2003年12月以降、東南アジア、ヨーロッパ、アフリカと広い地域で感染が確認されている「高病原性鳥インフルエンザに」対し、2005年12月に政府が策定した「新型インフルエンザ対策行動計画」などがあります。
また、気候変動によって集中豪雨などの異常気象が発生すると、蚊や汚染水による感染症が発生しやすくなると考えられています。
そういった事態に備え、政府は日ごろからさまざまな水域の水環境や、媒介蚊の発生状況を調査する取り組みも行っています。
もちろん国に任せきりになるのではなく、私たち一人一人が感染症に対する理解を深め、日ごろから対策しておくことも大切です。
気候変動に影響を受ける、受けない関係なく、すべての感染症を防ぐためには、何よりもまず身の回りを清潔に保つことが重要です。
特に日本では、幼稚園や小学校の頃から、手洗いの必要性を説くことが教育の一部として組み込まれています。
とはいえ毎日手洗いをしていると、つい適当に済ませてしまう人もいるかもしれません。
改めて紹介すると、正しい手洗いの手順は以下の通りです。
➀流水で手を濡らしたら、石鹸を手にとりしっかり泡立てる
②手の甲、指先、指の間、爪の間を入念にこする
③両手の指をこすり合わせて指の間を洗う
④親指と手のひらを入念にねじり洗いする
⑤手首も忘れずに洗う
⑥水で石鹸をしっかり洗い流し、清潔なタオルかペーパータオルで拭き取る
また、手洗いと合わせてうがいも忘れず行うようにしましょう。
日本赤十字社が紹介している効果的なうがいの方法は、以下の通りです。
➀口に水を含み、正面を向いたまま強めに「ブクブク」する
②新しい水を口に含み、上を向いて喉の奥で15~30秒「ガラガラ」する
③②を2~3回繰り返す
正しい手洗いと効果的なうがいを毎日続けることで、感染症にかかるリスクは格段に下がります。
新型コロナウイルスの流行以降は、以前より手洗い・うがいを入念に行う人も増えているかもしれませんが、これを機に改めて毎日の手洗い・うがいを見直してみてはいかがでしょうか。
まとめ
感染症の拡大には、気候変動を含むさまざまな要因が関係していることが分かりました。
前述したように、感染症予防のためには毎日身の回りを清潔に保つこと、手洗い・うがいを欠かさないことが大切です。
しかしそれだけでなく、「気候変動を食い止めるためにはどうしたらいいのか」という点についても考える人が増えれば、世界中に存在する感染症を少しだけ減らすことができるかもしれません。
参考URL:「地球温暖化と感染症~いま何がわかっているのか?~」(環境省)
参考URL:「感染症が起こる仕組み」(MSDマニュアル 家庭版)
参考URL:「手洗い」(厚生労働省)
参考URL:「効果的なうがいの仕方」(日本赤十字社)