日本を含む世界各地で時々発生してはニュースになるクジラの座礁ですが、「なぜ座礁してしまうのか」という点について詳しく知っている人は、実際のところ少ないのではないでしょうか。
そこには様々な要因があると考えられていますが、中でも大部分を占めるのが「自然現象」と「人間の活動」の2つです。
今回はクジラの座礁が起こってしまう主な要因、そしてクジラの座礁が私たちにもたらすものについて考えていきましょう。
そもそも「クジラの座礁」とは?
クジラの座礁とは、何らかの要因(後述)によってクジラ類が生きたまま海浜の浅瀬や岩場などに乗り上げ、自力で脱出できない状態になることです。
日本では古くから「寄り鯨」「流れ鯨」などと呼ばれており、英語では「ホエール・ストランディング(Whale stranding)」と呼ばれています。
また、イルカなどの小型のクジラ類が座礁する場合は、「座礁イルカ」と称されることもあります。
様々な座礁ケースの中でも、群れとして行動する傾向にあるクジラ類(ハクジラなど)がほぼ同時刻同場所に複数頭座礁するケースは「集団座礁」と呼ばれ、特に大きな話題となる傾向にあります。
ちなみに、既に死んだ状態の海洋生物が岸に打ち上げられた場合は「漂着」、野生生物が本来分布しない環境に入り込んでしまう現象は「迷入」と言います。
迷入の具体例としては、2002年に多摩川に入り込んだアゴヒゲアザラシの「タマちゃん」が有名ですが、クジラ類に関しても同様の例がいくつか報告されています。
クジラが座礁する要因として挙げられるもの
地形
海岸の地形や潮汐力などの影響によって、クジラの座礁が起こりやすい場所というのがあります。
例えば、アメリカ東海岸のケープコッド、ニュージーランドの北端にあるフェアウェル・スピット、北海の海岸線などでは、度々集団座礁が起きていることが報告されています。
これらの水域はクジラ類には非常に浅く、深い海で生活するためにクジラ類に備わっているエコーロケーション(反響定位)能力の効き目が薄れるためだと考えられています。
また、干潮時になると数分間で一気に海水が引いてしまうような場所では、その速度に追いつけなかったクジラ類が陸に取り残され、そのまま座礁するパターンもあるのではないかと考えられています。
地震
クジラの座礁は、しばしば大きな地震と関連付けて語られることが少なくありません。
実際、過去に発生した大地震の数日前には、クジラ類の集団座礁が起こったケースが多くあります。
以下が、その具体例です。
・ニュージーランドで発生したカンタベリー地震(2011年2月22日)の2日前、同じくニュージーランドのスチュワート島にゴンドウクジラ107頭が座礁
・東日本大震災(2011年3月11日)の一週間前、茨城県鹿嶋市の海岸でカズハゴンドウ54頭が座礁
・熊本地震(2016年4月16日)の8日前、長崎市大籠町の砂浜にザトウクジラが座礁
これらの座礁は、地震発生時に震源地付近にいたクジラ類が、大きな音や振動によって耳やエコーロケーション能力がダメージを受けたことにより起こったとの見方がされています。
また、「本震前の余震を受け、震源地から遠ざかろうとして座礁したのではないか」とも言われていますが、いずれにせよ地震と座礁との関連性はハッキリ分かっていないのが実情です。
なお、2018年に東海大学の研究チームが日本地震学会で行った発表では、「座礁現場から半径200km以内で発生したマグニチュード6.0以上の地震は429回あった上で、座礁から30日以内に発生した地震はわずか2回しかない」というデータが出されています。
クジラ類の集団座礁と地震の発生に関連性を見出すことは、現状ではまだ難しいと言えるでしょう。
太陽嵐(磁気嵐)
近年の研究では、クジラ類には磁覚(磁気を感知する能力)があり、海を回遊する際はその磁覚を利用して進行方向を探り、移動している可能性があることが示唆されています。
この磁覚は一部の動物にのみ備わっている能力で、具体的には犬、鳥、ハムスター、キツネなどが挙げられます。
もし磁覚が予測通りクジラ類にも備わっていた場合、太陽から大量の高エネルギー粒子が放出する「太陽嵐」の影響を受けると、クジラ類の体内コンパスは著しく乱れる可能性があります。
これは太陽嵐が地上に到達した段階で発生する「磁場嵐」が、磁覚を乱すことが原因だと考えられています。
実際、激しい磁気嵐が発生した日のクジラ座礁数は、そうでない日より遥かに多い傾向にあることが分かっています。
しかし、クジラが本当に磁覚を持っているかどうかを確かめるにはクジラが入るほどの巨大な実験装置が必要となり、現段階ではそのような装置を作ることは難しいため、座礁と太陽嵐の強い関連性は示されつつも確証には至っていないのが現状です。
人間の活動
クジラの座礁は前述したような自然の要因によって発生する他に、船舶や漁網との衝突などといった「人間の活動」が引き金となって起こるケースもあります。
その中でも、大きな要因の1つとして挙げられるのが「ソナー」です。
ソナーとは、水中を伝わる音波を利用して水中及び水底の物体を探知する装置のことです。
1910年代に開発されたソナーは、1960年代になると一段と改良され普及も拡大しましたが、時を同じくしてアカボウクジラが大量に座礁する現象が頻繁に起こるようになりました。
そのため専門家や研究者達の間では、「元々音に敏感なアカボウクジラとってソナーから発せられる音波は大きなストレスとなり、その音波から一心不乱に逃げるうちに座礁してしまったのではないか」と考えられています。
また、近年深刻化している海洋プラスチック問題も座礁の大きな要因となっています。
人々によって海に捨てられたペットボトルやビニール袋などのごみを誤飲したクジラが苦しむうちに岸に打ち上げられ、座礁したと思われるケースは少なくありません。
実際この数年間で、座礁したクジラの体内から大量のプラスチックごみが見つかったという事例が何件も報告されています。
その他の要因
ここまで紹介した代表的な要因の他に、クジラが座礁する要因だと考えられているものは、以下になります。
・シャチなどの外敵や種別の異なるクジラ類の攻撃から逃げるうちに座礁
・餌を追っているうちに浅瀬に入り込みそのまま座礁
・何らかの障害によって聴覚異常が起こり、超音波や磁場の感知が困難になり座礁
・個体数を調節するための集団自殺
このように、クジラが座礁する要因(と考えられているもの)は非常に多いため、専門家や研究者達の間でも多くの異なる見解が示されています。
クジラの座礁がもたらすもの
座礁したクジラの姿は非常に痛ましく、ニュースなどで見ると「どうにか座礁しない方法はないものか」とつい考えてしまう人も多いのではないでしょうか。
しかし専門家や研究者たちにとっては、クジラの座礁は貴重な研究機会を与えてくれる存在でもあるのです。
何故かというと、通常は研究が難しいクジラ類(アカボウクジラなど)は、座礁して息絶えた死体を解剖することで死因はもちろん、「何を食べてどこに生息していたのか」「妊娠は何回したのか」など、生きていた時の様々な情報を得ることができます。
それだけではなく、化学汚染物質やプラスチックごみが海洋環境にどれだけ影響を及ぼしているのかについても知ることができます。
また、集団座礁は「健全な群れがいることを示す兆候」でもあると言われています。
その理由は、生息数が多ければ多いほど「自然的な要因」で座礁する数も増えるからだそうです。
実際、イギリスでは近年座礁するザトウクジラが増えていますが、それは捕鯨が禁止されて以来、生息数が回復しつつあることを示しています。
反対に、スコットランドでは座礁するシャチが著しく減少したことから、生息数自体が減っているのではないかと危惧されています。
矛盾しているようにも感じますが、クジラの座礁は一見痛ましいことに見えても、群れ全体にとっては良い傾向を示している場合もあると言えるでしょう。
まとめ
クジラの座礁は様々な要因によって起こるため、たとえ人間の活動による脅威を無くしたとしても、自然的な要因によって座礁が起こることは今後も避けられないことが分かりましたね。
それでも私たちは、本来海にあるはずのないプラスチックごみや化学物質などによってクジラが苦しみながら座礁し、やがて息絶えることだけは阻止しなければなりません。
今後私たちにできることは、自然現象としてのクジラの座礁からは様々なことを学びつつ、日ごろから余計なプラスチックごみを出さないように意識して生活することだと言えるでしょう。