世界中で「脱炭素化」の必要性が叫ばれている昨今では、様々な再生可能エネルギーに加わる新たなエネルギーとして「人工光合成」が大きな注目を集めています。
この人工光合成は2030年までには実用化されると考えられており、今年の4月21日には大手自動車メーカー・トヨタグループの研究所である豊田中央研究所(愛知県長久手市)で世界最高効率の人工光合成の実現に成功するなど、着実に技術の確立へ向けた歩みが進んでいます。
今回は、近年「夢のクリーンエネルギー」とまで呼ばれ期待を寄せられている人工光合成とは一体どのような存在なのか、様々な角度から解説していきます。
人工光合成とは
「人工光合成」とは、文字通り自然現象である光合成を人工的に発生させる技術のことです。
「どのようにして人工的に光合成が行われるのか」について見ていく前に、まずは本来の光合成のプロセスについて知っておきましょう。
通常、自然界における光合成とは、光合成色素を持つ植物が太陽光の光エネルギーを利用して、自らの成長に必要なエネルギーを生成することを指します。
光合成は植物が持つ「葉緑体」と呼ばれる細胞小器官の中で行われるようになっており、そのために必要不可欠となる要素は、以下になります。
・太陽光
・水
・二酸化炭素
つまり、光合成は植物が地面の「水」を根から吸い上げて葉緑体まで運び、大気中の「二酸化炭素」を葉から吸収し、「太陽光」を浴びることによって行われます。
光合成はデンプンや糖などの有機物を生成し、植物はそれを自身の養分として吸収します。
また、光合成の過程で発生した酸素は大気中に供給されます。
一方、人工光合成では植物の代わりに「シアノバクテリアから取り出した細菌」または「人工の光触媒」を用いて光合成を行います。
シアノバクテリアは光合成を行う藻類の一種で、植物で光合成を行う葉緑体はすべてこのシアノバクテリアに由来しています。
シアノバクテリアには光合成で生み出したエネルギーで自らを増殖させる特性があり、その増殖に使うエネルギーを搾取して行うのが、まず1つ目の人工光合成方法です。
ただし、この方法は自然生物であるシアノバクテリアの力を借りているため、正確には「半人工光合成」と呼ばれます。
これに対し、完全なる人工光合成として挙げられるのが人工の光触媒を用いた方法です。
この方法では水に浸した光触媒に太陽光を当て、水を「水素」と「酸素」に分解し、水素を二酸化炭素と反応させることで燃料や化学原料を生み出します。
この技術が確立すれば、プラスチックの原料を石油などの化石燃料からではなく、人工光合成から作り出すことも可能になると考えられています。
ちなみに研究所によって若干の違いはあるものの、基本的に人工光触媒には太陽電池が用いられています。
また、近年では実用化に向けて「薄型の光触媒シート」や「粉末型光触媒」などの開発も進められています。
人工光合成の歴史
人工光合成の実現に向けた構想が練られ始めたのは、2011年のことです。
この年の4月、大阪市立大学のとある研究チームが光合成の基となるタンパク質複合体の構造を解明し、それをヒントに二酸化炭素と水を用いた人工光合成を行う構想が打ち出されたのが始まりでした。
以降、様々な研究所で人工光合成の実現に向けた研究が行われるようになり、2011年9月には豊田中央研究所が世界で初めて「太陽光」「水」「二酸化炭素」のみを用いた人工光合成に成功します。
また2012年7月には、パナソニックが窒化物半導体を利用した新たな人工光合成システムを発表しています。
その後も、2014年には東芝が世界最高の変換効率(当時)を持つ人工光合成材料を開発、2015年には大阪市立大などの研究チームが人工光合成の技術を用いて酢酸からエタノールを作り出すことに成功、2018年には産業技術総合開発機構(NEDO)率いる共同チームが植物のエネルギー変換効率(0.3%)よりも約10倍の太陽光変換効率(3.7%)を持つ人工光合成材料を開発するなど、続々と成果が上げられるようになります。
そして冒頭でも触れた通り、2021年4月21日には豊田中央研究所が世界最高水準の変換効率を達成する人工光合成を実現させました。
ちなみに、この時の太陽光変換効率は「7.2%」となっており、これは植物のエネルギー変換効率を大幅に上回る数字となっています。
日々革新し続ける人工光合成の技術が確立する日は、すぐそこまで近づいていると言っても過言ではないでしょう。
人工光合成のメリット
地球温暖化対策になる
地球温暖化を進行させる最も大きな要因が、人々の経済生活によって排出される二酸化炭素であることは言うまでもありません。
近年では再生可能エネルギーを導入する工場やハイブリッド車も増えていますが、まだまだ大幅な二酸化炭素の削減には至っていないのが現状です。
しかし、もし人工光合成が実用化された暁には、工場やガソリン車などから排出される二酸化炭素を回収し、人工光合成用の資源として再利用することができると考えられています。
この想定通り、二酸化炭素を人工光合成に活用する方法が普及していけば、地球温暖化問題を大きく解決に近付けることができるでしょう。
また人工光合成から作られる化学原料も、二酸化炭素を排出する石油や石炭などの化石燃料に比べれば、極めて環境負荷が少ないことが分かっています。
そのため、この化学原料が今後家庭や企業に浸透すれば、日本が掲げる「2050年までに100%脱炭素化を目指す」という目標も早々に達成できると考えられています。
食糧危機の解決策になる可能性がある
度重なる自然災害や貧困などの影響により、現在でも開発途上国では食糧難に苦しむ人々が大勢います。
2018年の調査によると、世界の飢餓人口は8億人を超えており、実に9人に1人が飢餓に直面していることが分かっています。
現在の人工光合成では化学原料を生成することはできても、デンプンや糖といった有機物を生成するといった技術はまだ生まれていません。
しかし、今後その技術が生まれ、人工光合成を用いた「食糧の自動生産システム」が開発されれば、食糧問題を解決できる可能性もゼロではないと考えられています。
人工光合成の実用化における課題
人工光合成に用いる材料の耐久面
前述したように人工光合成は光触媒を水に浸して行いますが、何度も行うことによって水で光触媒が腐食し、劣化する可能性もゼロではありません。
また、光エネルギーを長時間受けることによる損傷が起こる可能性もあります。
これらの事態を防ぐためには、人工光合成に用いる諸材料の耐久性の強化は必要不可欠だと言えるでしょう。
費用面
人工光合成によるエネルギーの産出はまだまだ確立しきった分野とは言えないため、既に普及して何十年も経つ化石燃料に比べると、どうしても費用面において不利となっているのが現状です。
とはいえ、太陽光発電や風力発電が年々低価格化していったように、人工光合成によるエネルギーの費用面もまた、実用化および普及と共に安定してくると考えられています。
実際、元々光触媒に用いられることの多かった「ルテニウム」などの高価な金属に代わり、近年では比較的安価な金属である「ニッケル」が用いられることが増えています。
ニッケルで作られた光触媒は、安価でありながらも高い性能を持っていることから、今後はより費用対効果の高い人工光合成技術が確立していくことが期待されています。
まとめ
まだまだ知らない人も多い人工光合成ですが、その実態は多くの可能性を秘めた正に「夢のクリーンエネルギー」であることが分かりましたね。
研究者の方々の熱意と努力によって日々実用化に近づく人工光合成は果たして今後どのような存在になっていくのか、引き続き注目していきたいと思います!