自然と共生して生きる先住民族の魅力と、現在彼らを脅かす「環境レイシズム」

グローバル

環境問題への関心が世界的に高まり、サステナブルな生き方や物の在り方が推奨される近年では、独自の自然観による文化を築いた先住民族に改めて注目が集まっています。
もちろん国や地域によって思想もライフスタイルも異なりますが、「自然を敬う」という点においては多くの場合共通しています。
そして、そんな彼らの暮らし方は、現代に生きる私たちにもさまざまなヒントを与えてくれます。

今回は世界各地の先住民族の文化を掘り下げ、その暮らしぶりを知るとともに、現在彼らを脅かしている「環境レイシズム」についても見ていきましょう。

先住民族の自然観

国際労働機関は、ある集団を「先住民族」と決定する基準は、その集団に属する人々が自らのアイデンティティをどう捉えているかによるとして、以下のように定義しています。

①独立国の中にありながらも、社会、文化、経済の状態がその国の他の地域とは異なり、慣習、伝統、独自の法律、規制によって全面的または部分的に地位が定まっている部族民
②他国からの侵略や征服を受けた時、あるいは現在の国境設定の時点で既に現在の国もしくはその国が位置する地域に居住していた民族の子孫であり、その法的地位とは無関係に独自文化、社会、政治制度を保有している人々

これらの定義を踏まえると、先住民族の持つ知恵や知識は、ある一つのコミュニティもしくは文化特有の現地知識や慣習、そして伝統だと言えるでしょう。
それは一定のコミュニティを維持するために培われた、農業、食品管理、健康管理、環境保全などの広範な分野を網羅する知識であり、それらの根本的な思想となる神話こそが、先住民族の自然観を形成したと考えられています。
そして先住民族の知識や自然観の多くは、口伝えや儀式を通して子孫へと受け継がれました。

なお、先住民族が持つ独自の知識や自然観と、自然に対する科学知識とは、別の知識体系と考えられています。
17世紀の哲学者フランシス・ベーコンは、自然界とそこに生きるものを征服し、その恩恵を受けることができるのは、神から与えられた「人間の権利」であるとし、自然観や信仰を切り捨てた真理の礎として近代科学を位置付けました。
このような考え方によって、先住民族が受け継いできた自然観や知識は、近代化のもと科学が進歩するにつれて追いやられてしまったのです。

しかし、先住民族の知識や自然観の最も大きな特徴は、大地の神聖さへの尊敬と愛情、そして深い理解が礎となっている点です。
これは、先住民族が永い時間をかけて自然環境と共生する中で培ってきた経験を基に大切に守られ、受け継がれてきたものであり、現在の科学にも活かせる複雑な知識体系を生み出しています。

例えば、世界中で使われている121種類の植物由来の処方箋のうち、8割近くは先住民族の薬草の知識を活かして開発されています。
また、オーストラリアなどにおいて独自の発達を遂げてきたブーメランは、アボリジナル・ピープルの狩猟や儀式などで使われていたものが発祥となっており、航空力学などにも応用されています。

このように、先住民族の知恵と知識が幅広い分野で活かされていることから、近年ではその自然観への関心も高まりつつあります。

現存する先住民族の暮らし

現在、世界には少なくとも5,000の先住民族が存在し、彼らは90ヶ国以上の国々で暮らしています。
先住民族の数だけ、それぞれ独自の文化や生活様式がありますが、今回は多くの人が耳にしたことのある3つの先住民族に焦点を当て、その暮らしの在り方を探っていきましょう。

サーミ族

@iStock

サーミ族は、ノルウェー、フィンランド、スウェーデンなどの北欧やロシアに居住するトナカイ遊牧民族です。
「コタ」と呼ばれる一時的な住居を転々としながら、狩猟や工芸をして暮らしています。

サーミ族にとってトナカイは最も伝統的かつ万能な資源であり、寒い時はトナカイの皮を身に纏ったり家の床に敷いたりして寒さをしのいでいます。
その他にも、トナカイの角を使ったナイフづくりや靴づくりも行われています。

サーミ族の特徴は、美しい民族衣装や工芸品です。
「コルト」と呼ばれるサーミ族独自の民族衣装は、女性の手によって織られており、地方ごとに色や飾りつけに個性があるそうです。
また、サーミ族には「ドゥオッチ」と呼ばれる手工芸品が伝わっており、その素材にはトナカイの角の他に木や骨など、さまざまな資源が使われています。
ちなみに同じ北方の少数民族であることから、しばしばアイヌ民族と交流する機会があるそうです。

イヌイット

イヌイットは、カナダやグリーンランドなどの北アメリカで暮らす民族です。
昔は、「生肉を食べる人」という意味を持つ「エスキモー」と呼ばれていましたが、この呼び名は差別用語として扱われることも多かったため、現在では「イヌイット」という呼び名で統一されています。

サーミ族と同様にイヌイットの大半も狩猟民族となっており、狩猟の度に移動を繰り返してきました。
彼らは元々移動手段に犬ソリを用いていましたが、現在はスノーモービルが普及し、犬たちは番犬やペットとして飼われるようになっています。

イヌイットは、伝統的にアザラシやクジラなどを食べる肉食であることで知られています。
彼らが暮らす地域は「地球上で最も寒冷な土地」と言われており太陽光も弱いため、体に必要なビタミンDを作り出すことが困難です。
そのためビタミンDだけでなく栄養素が豊富に含まれている肉を食べることで、体に必要な栄養を補給して生きているのです。
とはいえ、近年ではイヌイットが暮らす土地も都市化が進んでおり、イヌイット以外の人と同じようにスーパーマーケット等を利用することも増えているそうです。

アボリジナル・ピープル

アボリジナル・ピープルは、オーストラリア大陸とその周辺諸島に5万年以上も前から暮らしている先住民族です。
かつてはこの「アボリジニ」と呼ばれていましたが、この表現には差別的な響きが含まれているとして、近年では「アボリジナル・ピープル」や「アボリジナル・オーストラリアン」と呼ぶのが一般的となりつつあります。

一口にアボリジナル・ピープルと言っても、そのコミュニティは地域ごとに細分化されており、それぞれが独自の文化や習慣を持っています。
また言語もコミュニティによって異なり、ヨーロッパ人による植民地化が始まる以前は250種類以上もの言語があったそうですが、現在では120~145種類まで減少しています。

このようにコミュニティによって独自の文化や言語があるとはいえ、アボリジナル・ピープルは一貫して自然を崇拝し、精霊の存在を信じています。
また、アボリジナル・ピープルは前述したブーメランの他に「ディジュリドゥ」と呼ばれる管楽器や、「アボリジナル・アート」と呼ばれるアートを生み出しています。

先住民族を苦しめる環境レイシズム

先住民族の自然と共生した暮らしからは学べることが沢山ありますが、その一方で今、世界では先住民族が苦しめられている「環境レイシズム」が起こっていることも事実です。

具体例としては、2019年以降急増したアマゾンの大火災による、ブラジルの先住民族と農民との対立です。
ブラジルには多くの先住民族が存在しており、彼らにとってアマゾンの熱帯雨林は、長年神聖な場所として教会のように扱われていました。
しかし農民たちは、作物や家畜を育てる土地を確保するために森林を焼き払っており、先住民族にとって神聖な場所すらも焼かれてしまったのです。

これに対し、ブラジルのボルソナロ大統領も特に牽制しておらず、それどころか先住民族よりも農民たちを支援する意向を示しています。
さらに、先住民族の保護が強化されるための「先住民族保護区」を新たに指定しない意向も示しており、
先住民を「動物園に閉じ込められた動物」に例えるような差別的な発言もしています。

2019年の森林破壊は前年に比べて77%増加しており、また2010~2019年の間に発生した森林火災が排出したCO2量は166億トンにものぼることが分かっています。
このままアマゾンの森林破壊が進むと、先住民たちの暮らしを脅かすだけでなく、非常に深刻な環境汚染を招く可能性もあります。
先住民族の暮らしと信仰を尊重し、森林破壊を食い止めるためにも、ブラジル政府には迅速な対応を取ることが求められています。

まとめ

先住民族たちが古くから自然を敬い、独自の文化を築いて生活するその姿は、現代社会を生きる私たちが忘れている大切なことを思い出させてくれます。
だからこそ、彼らがその存在を尊重されず環境レイシズムに置かれている現状が、一刻も早く改善されることを願わずにはいられませんね。
そんな中で今、私たちにできることは、食べ物や自然に感謝しつつ、無駄な消費行為を行わないよう心掛けることなのかもしれません。

参考URL:1989年の原住民及び種族民条約(第169号)(国際労働機関)
参考URL:トナカイ遊牧民サーミ(スウェーデン観光文化センター)
参考URL:イヌイット(在日カナダ大使館)
参考URL:オーストラリアのアボリジナル文化(オーストラリア政府観光局)
参考URL:ブラジル:アマゾンを襲う大規模火災 政府の責任(アムネスティ)

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