地球を温暖化から救うかもしれない?研究が進む人工培養肉について徹底調査!

環境問題

以前に掲載した「畜産業が地球環境に悪影響を与えるって本当?気になる点を徹底検証!」というコラム内では「畜産(主に畜牛)が地球環境に与える悪影響」について触れましたが、現時点ではまだまだ多くの国で食肉文化が根付いており、実際にそれをなくすことは難しいと考えられています。
そこで、近年では少しでも畜産業が地球環境に与える影響を減らすべく、主に先進国において「人工培養肉」の研究が進められています。
「そんなのSF作品でしか見たことない!」という人も多いかもしれませんが、実は人工培養肉の発想自体は19世紀頃には既に生まれていたと言われています。

簡単に説明すると、人工培養肉とは「動物の可食部の細胞を組織培養することによって生み出される肉」のことです。
実用化されれば食用動物の屠殺数が減り、また畜産の過程で排出されるCO2やメタンなどの有害物質も低減させられると期待されています。
しかし、実際のところ「どれだけ人工培養肉が環境に優しいのか」という点については、まだまだ未知数な部分が多いという指摘があるのも事実です。

今回はそんな人工培養肉の研究について掘り下げつつ、「果たして本当に環境に良いのか」「実用化する前に解決すべき課題は何か」という気になるポイントについても考えていきたいと思います。

人工培養肉の作り方

「人工培養肉の作り方」と言ってもいくつかの方法がありますが、現時点で最も成功しやすいと考えられているのが、牛の幹細胞を採取して培養する生成方法です。
幹細胞には「分裂して自らと同じ種類の細胞を作り出す能力(自己複製能)」と「全く別の種類の細胞に分化する能力(多分化能)」が備わっており、内臓器官から筋肉まであらゆるものを作り出せることから、培養肉の研究のみならず人の再生医療にも大いに役立てられています。

人工培養肉を作る場合、まずは生きている牛から極力痛みの少ない方法で幹細胞組織を採取します。
ちなみに幹細胞組織は脂肪細胞と筋細胞から構成されていますが、この時に取り出されるのは培養肉に必要な筋細胞のみとなります。

取り出した筋細胞は解剖し、炭水化物やアミノ酸などを混ぜた培養液に浸して細胞を育てていきます。
この方法で培養すると、初めは1つだった細胞からなんと一兆個もの新たな筋細胞を生み出すことができます。

そうして生まれた筋細胞たちが互いに集まって小さな筋管を形成し、その筋管をゲルで作られたリングの上に置くと、小さな筋肉の組織へと育ちます。
これをいくつも重ねると、ハンバーガー用のビーフパティなどを作ることが可能になります。
気になる味の方ですが、人工培養肉は本物の肉に比べてやや淡白な味をしているそうです。

人工培養肉の実用化に向けた各国の動き

オランダ

前述した牛の幹細胞から生成した人工培養肉を使ったハンバーガーをいち早く発表したのが、オランダ・マーストリヒト大学の教授であるマーク・ポスト博士です。

ポスト博士が2013年に培養肉ハンバーガーを開発し、ロンドンで試食会を開催したことによって、世界各地でも人工培養肉に関する研究開発が進められるようになったと言われています。

そんな「培養肉研究のパイオニア」であるポスト博士は現在大学教授の他に、人工培養肉の商業化を目指すスタートアップ企業「モサ・ミート」の最高科学責任者も務めています。

アメリカ

ここ数年で大豆や植物由来の「代替肉」が急速に普及しているアメリカでは、人工培養肉の研究開発もさかんに行われています。

2010年代半ばからは「メンフィス・ミーツ」や「イート・ジャスト」などといった人工培養肉製造のためのベンチャー企業も多数生まれています。
メンフィス・ミーツ社は2017年に鴨や鶏といった家禽類の培養肉生成をいち早く成功させ、イート・ジャスト社は2020年12月に世界で初めて人工培養肉の販売承認を取得しています。

この承認を得た人工培養肉は、まずはシンガポールのレストランでチキンナゲットとして提供されるとのことです。
2018年11月には、アメリカ政府により食品医薬品局と農務省が人工培養肉の生産を共同監督する計画が正式発表されています。
また、同年にアメリカの非営利団体「米国科学アカデミー(NAS)」がホワイトハウスへ提出した報告書では、「特に成長が期待できる技術分野」として人工培養肉研究が挙げられました。

「食肉大国」と言っても過言ではないアメリカの人工培養肉研究がどのような飛躍を遂げるのかという点については、今後も世界中から注目が寄せられることでしょう。

日本

日本における人工肉に関する研究開発は、実は1960年代には既に始まっていたと言われています。
しかしその頃の日本のバイオテクノロジーの水準は国際的に見ても決して高いとは言えなかったため、ハイペースかつ具体的な研究開発には中々繋げられませんでした。

しかし、近年では畜産業とバイオテクノロジーの融合を目指す「ミートテック」、独自の細胞培養技術の開発に力を入れる「インテグリカルチャー」などといったスタートアップ企業が次々と立ち上げられ、日本発の代替肉や人工培養肉に対する期待も国内外問わず高まりつつあります。

とりわけインテグリカルチャーは2019年に世界で初めてフォアグラの培養に成功し、2020年にはシンガポールの細胞農業企業と共同でエビの細胞培養肉の研究開発を行うことを発表するなど、人工培養肉の研究界に新しい風を吹かせる企業として注目されています。

また、日本の宇宙航空研究開発機構であるJAXAが「宇宙初の食糧マーケットの創出」を目指して2019年に立ち上げた「Space food X」というプログラムでは、人工培養肉を含む「宇宙で地産地消が可能」な食糧の研究が進められています。
これは宇宙移民の実現に向けた動きの一環で、将来的には火星や国際宇宙ステーションに人工培養肉の研究所、または工場を建設することも考えられています。

人工培養肉の実用化におけるメリット

畜産業が環境に与える負荷として主に問題となっているのは、「牧場拡大を目的とした森林伐採」や「牛が排出するオナラやゲップに含まれるメタンガス」ですが、もし人工培養肉の普及が順調に進めば、これらの環境負荷を現在の1割程度にまで抑えることも可能だと考えられています。

さらに近年では冷蔵を必要としない人工培養肉の開発も世界各国で進められており、実現すれば冷蔵庫などに掛かる電気代の削減にも繋がるため、この点に関しても地球温暖化の進行を抑制する効果が期待されています。
また冒頭でも述べたように、食用に飼育されている動物たちの屠殺数を減らすこともできます。

ちなみに現在市場に出回っている代替肉のほとんどは、前述したように主に大豆や植物を原料として作られています。
しかしあくまでも「代替品」であるため、どれだけ味や食感を本物の肉に近づけたとしても、栄養分含めやはり全く同じという訳にはいかないのが現状です。

その点人工培養肉は本物の肉と同じ細胞から作られるため、その味や食感はやや淡白ではあるものの、栄養分も食べた時の満足感も本物の肉とほとんど遜色ないという点があります。
そのため人工培養肉が実用化すれば、既に完成されている食肉文化を崩すことなく「持続可能な食の在り方」を確立していけるのではないかと期待されています。

人工培養肉の実用化に向けた課題

人工培養肉を実用化するためには、まだまだいくつかの課題をクリアする必要がありますが、その中でも最も大きな課題と言えるのが「コスト問題」です。
2013年にオランダで初めて開発された、人工培養肉を用いたビーフパティ(約140g)には、なんと日本円にして約3500万円ものコストが掛けられていました。
これに対し、前出のインテグリカルチャーを始めとした培養肉研究企業は、最もコストのかかる培養液の成分を見直しすることで、従来の培養方法からの大幅なコストダウンを目指しています。
もしコストダウンが順調に進めば、十数年後には1400円前後で人工培養肉を使ったハンバーガーが食べられる可能性もゼロではないと言われています。

まとめ

今回のコラムを読んで、「人工培養肉の研究開発がここまで進んでいるとは知らなかった…!」と驚いた方も多いのではないでしょうか。
しかし、人工培養肉を使った料理がレストランや家庭で作られる未来は、もしかするとそう遠くないのかもしれませんよ。
ハイペースで進化を遂げている人工培養肉の研究からは、今後も目が離せませんね!

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