2020年、日本政府は「2050年カーボンニュートラル宣言」を発表しました。
これは、「2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにし、脱炭素社会を実現する」という宣言です。
この宣言を実現するための取り組みの一環として、政府は「2035年までにガソリンを燃料とする自動車の販売を禁止し、新車販売のすべてをEV(電気自動車)にする」との意見を発表しています。
実際に2035年までにガソリン車を禁止するためには、まだまだ多くの課題が残っていますが、気になるのは「ガソリン車が禁止されたら、ガソリンスタンドは無くなるのか」という点です。
結論から言うと、ガソリンスタンドの数自体は大幅に減るものの、今後数十年のうちに無くなる可能性は低いです。
その理由を探るべく、今回は近年のガソリンスタンド事情や、ガソリンスタンドとEV充電スタンドの違いなどについて掘り下げていきましょう。
まずは近年のガソリンスタンド事情をチェック
冒頭で、「EVが主流になってもガソリンスタンドが無くなる可能性は低い」と述べましたが、事実として、ここ20年の間に全国のガソリンスタンドは減少し続けています。
資源エネルギー庁の発表したデータによると、全国のガソリンスタンド数は2019年度末時点で29,637カ所だったのに対し、2020年度末には29,005カ所まで減少しています。
また同データを見ると、2016年度末のガソリンスタンド数は31,467カ所となっているため、4年間で462カ所ものガソリンスタンドが閉店したことになります。
ガソリンスタンドが減少する理由
ガソリンスタンドが減少する背景には、主に2つの理由があります。
新車の燃費が年々良くなっている
1つ目は、「新車の燃費が年々良くなっていること」です。
ここ二十数年の間にEVやHV(ハイブリットカー)が登場したことに加え、ガソリン車にもトップランナー基準(省エネ性の高い製品を作るうえでの目標値)が導入されたことで、自動車の燃費は飛躍的に向上しました。
しかしその結果、必然的にガソリン消費量が減り、ガソリンスタンドの減少につながりました。
消防法の改正
2つ目は、「消防法の改正」です。
2000年代半ば、ガソリンスタンドをはじめとする危険物施設(消防法で定める石油などの危険物を一定量以上取り扱う施設)からの流出事故が相次ぎました。
調査の結果、事故原因の約2、3割が「地下タンクの腐食等による危険物の流出」であることが判明したため、消防庁は2010年6月に危険物流出事故の防止を目的とした「消防法改正省令」を公布し、2011年2月より施行しました。
この改正省令では、「設置から40年以上経過した地下タンクには危険物の流出を防止する装置の設置や加工を行うこと」と義務付けられています。
しかし、ガソリンスタンドの地下タンクに大々的な工事を施そうすると、全部で数千万円はかかると言われています。
燃費向上によって売り上げが減少したガソリンスタンドでは、そのような多額な工事費を捻出することが難しく、結果的に廃業を選ぶ業者が続出したと考えられています。
ガソリンスタンドにEV充電スタンドが併設されない理由
前述の理由に加え、このままEVの普及が進めば、人々はガソリンスタンドではなくEV充電スタンドを利用するようになり、ますますガソリンスタンドの減少は加速すると考えられています。
これに対し、「ガソリンスタンドにEV充電スタンドを併設すれば、これ以上減ることはないのでは?」という意見もあります。
確かに一理ありますが、実際に併設するためにはさまざまなハードルをクリアしなければならないのが現状です。
その理由は、主に2つあります。
給油と違って充電には時間がかかる
1つ目は、「給油と違って充電には時間がかかること」です。
ガソリン車への給油は大体5分程度で終わるのに対し、EVを満充電にするためには40~60分はかかると言われています。
多くのユーザーは、ガソリンスタンドで充電が終わるのを小一時間待つよりも、買い物や食事に行くついでにEV充電スタンドに寄り、効率的に充電したいと思うのではないでしょうか。
近年ではカフェを併設しているガソリンスタンドも増えているものの、席数はそこまで多くないため、満席だった場合は途方に暮れてしまうかもしれません。
実際、現在利用できるEV充電スタンドの多くは、ショッピングモール、温泉施設、道の駅などの「その施設自体を楽しめる場所」に設置されています。
また、自宅にいる間に効率的に充電ができる「住宅用EV充電コンセント」の需要も年々高まっています。
このような流れの中、たとえガソリンスタンドがEV充電スタンドの併設を始めたとしても、新規ユーザーの獲得につながるとは考えにくいでしょう。
経済的利益がほぼない
2つ目は、「経済的利益がほぼないこと」です。
2022年8月24日時点で、ガソリン代はレギュラー1リッターあたり全国平均169円となっています。
この価格で30リッター容量の軽自動車にガソリンを満タンに入れた場合、ガソリン代は合計5,070円になります。
一方、たとえば40kWh容量の日産リーフに満充電した場合、1kWhは約30円となっているため、単純計算で約1,200円となります。
つまり、ガソリンスタンドにEV充電スタンドを併設しても、ガソリン販売ほどの経済的利益を得ることはできないのです。
ガソリン代の4割はガソリン税が占めていることを踏まえても、EV充電スタンドによる利益が微々たるものであることに変わりはありません。
このように利益率が低いことは、ガソリンスタンド側も分かっているため、EV充電スタンドの併設に踏み切らないのが現状です。
それでもガソリンスタンドがすぐには無くならない理由
ここまで見ると、「もはやガソリンスタンドが存続する道は無いのでは…?」と思ってしまうかもしれません。
もちろん脱炭素社会を目指すことを考えれば、いずれ全国すべてのガソリンスタンドが無くなることが望ましいですが、ガソリン車を愛用している方やガソリンスタンドで働く方にとっては複雑ですよね。
さまざまな専門家の見解によると、ガソリンスタンドは数こそ減るものの、少なくとも今後数十年は持ちこたえるだろうと予想されています。
その理由は、主に2つあります。
ガソリン販売以外のサービスが豊富
1つ目は、「ガソリン販売以外のサービスが豊富であること」です。
実は、ガソリンスタンドの正式名称は「サービスステーション(SS)」と言い、その名の通りガソリン販売だけでなく、洗車、修理、タイヤ交換などのさまざまなサービスを行っています。
そのため、たとえガソリン販売が終了したとしても、「自動車に関する各種サービスを行う場所」として存続する可能性があります。
次世代エネルギー事業にも着手している
2つ目は、「次世代エネルギー事業に着手していること」です。
たとえば、石油元売り業界最大手のエネオスは、ガソリンスタンドに太陽光発電システムや蓄電池を設置し、石油、ガス、電気を一体とした供給拠点を整備する構想を進めています。
また、エネオスは首都圏、関西圏、中京圏、北部九州圏の四大都市圏に47カ所の水素ステーションを展開しています。
これらの水素ステーションは、主に以下3つのタイプがあります。
・「単独型」…FCV(燃料電池車)への水素充填のみに特化したステーション
・「SS一体型」…エネオスのガソリンスタンドに併設したタイプのステーション
・「移動式」…専用トラックに水素充填装置を搭載し、移動しながら水素販売を行うステーション
これはほんの一例に過ぎず、現在は多くの石油元売り企業が次世代エネルギー事業に着手しています。
このような動きが続けば、いずれガソリンスタンドは「ガソリンを取り扱う場所」ではなく、「エネルギーを包括的に取り扱う場所」として広く認識されるようになるかもしれません。
まとめ
今回は、ガソリンスタンドがすぐには無くならない理由について、現状などを踏まえた上で解説しました。
なかなか難しい面もあるかもしれませんが、脱炭素社会が実現しても、私たちの暮らしと移動を支えてくれるガソリンスタンドには何らかの形で存続してほしいものですね。
参考:令和2年度末揮発油販売業者数及び給油所数を取りまとめました|資源エネルギー庁
参考:Vol.65 消防法改正とガソリンスタンドの減少について|関西総合鑑定所
参考:危険物の規制に関する規則等の一部を改正する省令等の公布について|総務省消防庁
参考:【速報】今週のガソリン価格2週連続の値下がり 169円ちょうど|TBS NEWS DIG
参考:ENEOSの水素ステーション|ENEOS